第159話 船出-1

片倉良造の葬儀から一週間、誠心葬祭は表向き落ち着きを取り戻していた。
とはいえ、片倉、筒井、猫田の抜けた影響は大きく、会社がどうなってしまうのか、
社員たちは内心穏やかではなかった。

「久保田、俺ちょっと香織さんのところに行ってくるな」
「香織さんのところですか?」
「ああ、昨日電話があって、話があるというんだ」」
「わかりました。行ってらっしゃい」
木野は香織に呼び出されていた。

『ピンポーン』
「はーい」
「誠心葬祭の木野です」
「おまちしておりました。どうぞ」香織は木野をリビングに通した。

「木野さん、いろいろとお世話になりました。本当に満足のいく父の葬儀になりました」
香織は父良造がいつも家で飲んでいたコーヒーを木野に出した。

「いえいえ、私一人の力ではありません。それよりお疲れじゃありませんか?」
「はい、やはり疲れましたけど、主人も支えてくれていますし、大丈夫です」
「そうですか、それは良かった。いただきます」木野はコーヒーを口にした。

「木野さん、話というのは他でもありません。
 私たち、夫婦でオーストラリアに引っ越そうと思っているんです」
「オーストラリアですか?」
「はい。主人は商社に努めているものですから、海外転勤も珍しくないのです。
 実は主人にもシドニー支社絵の転勤話があったのですが、
 父が入院してしまいましたから、主人はその話を保留にしてもらっていたんです」
「そうだったんですか」
「それで、まさか父が亡くなるなんて思ってもみなかったのですが、
 もう今となっては日本に何の未練もありませんし、
 本当は主人も海外で思いっきり仕事をしてみたいだろうなって思ったんです」

香織の話は続く。
「それで2人で話し合いまして、父の遺骨を希望通り海に散骨して、それからシドニーへ行こうとの結論に達しました」
「そうですか……新しい地で、お二人が力を合わせて再出発するのもいいかもしれませんね」
木野は心からそう思った。

「それで、誠心葬祭のことなんですが……法律上、株式は私が相続することになります。
しかし、それは社員のみなさんにとって不幸なことです。だって何もわからない人間が会社のオーナーになってしまうのですから」
「……」木野の立場からはコメントのしようがなかった。
「木野さん、誠心葬祭の社員持株会を設立してください。株式の50%をその持株会に、50%を木野さんに贈与いたします。
つまり、木野さんに代表取締役になっていただきたいのです」

香織は真剣な眼差しで木野に思いを告げた。
「香織さん……本当によろしいのですか?」
「主人とも話し合った結果です。父もこの判断に喜んでくれているはずです」
「香織さん……」
「そのかわりと言っては何ですが、誠心葬祭を、社員の皆さんを、木野さんが責任を持って面倒見てあげて下さいね」香織は笑顔で木野の手を取った。

「承知いたしました!片倉社長、香織さんのご恩に報いるため、必ずや誠心葬祭を発展させてみせます!」
木野は立ち上がり、最敬礼で香織に誓った。香織は満面の笑みで木野の健闘をたたえた。

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